衛星劇場

松竹が1920年に映画制作を開始して100年。一世紀にわたり数々の名作を世に送り出してきました。今回衛星劇場では、100周年を記念し松竹映画を彩ってきた様々な監督たちの作品を特集放送します。

松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

松竹が1920年に映画制作を開始して100年。
一世紀にわたり数々の名作を世に送り出してきました。
今回衛星劇場では、100周年を記念し松竹映画を彩ってきた様々な監督たちの作品を特集放送します。

2月

不動の名匠 小津安二郎監督 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

PROFILE | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

1923年松竹キネマ蒲田撮影所に撮影助手として入社、1926年演出部に移り、翌1927年『懺悔の刃』で監督デビュー。「小津調」と呼ばれる作品スタイルを確立。1953年公開の『東京物語』は2012年に世界一の映画に選ばれるなど、日本が世界に誇る映画監督で、今なお数多くの映画人に影響を与え続けている。

革新の天才 木下惠介監督 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

PROFILE | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

1933年、松竹蒲田撮影所に入社。その後、大船撮影所で助監督となり、1943年『花咲く港』で監督デビュー。生涯に渡り、日本人の強さ、弱さ、美しさ、喜びや悲しみの物語を通して、本当の人間を描き続けた。一方、映像表現への実験精神は旺盛で、革新的なアイディアと技術を取り入れ、映画やテレビにわたりバラエティに富んだ木下作品は、見る者を飽きさせない。

村田実監督 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

1920年松竹に入り、翌年『路上の霊魂』を監督。同年松竹を去るが、洋画の手法を積極的に取り入れるなど、日本映画に大きな影響を与えた。日本映画監督協会初代理事長。

3月 〜蒲田・大船の名手たち〜

風の中の子供 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

子供たちの波乱の夏休みを綴った、坪田譲治の児童文学が原作。キネマ旬報ベスト・テン第4位。

風の中の子供

36日(金)午後6:00〜ほか

矢印 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

清水宏監督 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

作為的な物語、セリフ、演技、演出を極力排除する実写的精神を大事にし、「役者なんかものをいう小道具」という言葉を残している。

古都 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

川端康成の同名小説を叙情的に描いた文芸作。米アカデミー外国語映画賞ノミネート。

古都

37日(土)午前8:30〜ほか

矢印 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

中村登監督 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

蒲田から移転したての松竹大船撮影所(第1期)に助監督として入社。端正かつ鮮やかな作風は「映画の教科書」と評されている。

暖流(1939年) | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

岸田国士の小説原作。吉村監督の名を一躍高めたと同時に、日本映画史上に名をとどめる佳作。

暖流(1939年)

37日(土)午前10:30〜ほか

矢印 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

吉村公三郎監督 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

「暖流」では、キネマ旬報ベスト・テン7位に選ばれた。主演女優の魅力を引き出す能力に定評があり、「女性映画の巨匠」と呼ばれる。

五所平之助監督 | 松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち | 衛星劇場

逝去した小津安二郎に代って、1964年から日本映画監督協会理事長を16年間にわたって務めた。庶民の日常をユーモラスに描いた作品が多い。

松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち NEWS | 衛星劇場

・[ NEW ] ・2020/02/05 『松竹映画100周年 世紀を駆ける松竹映画の監督たち』特設ページ公開!

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