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歌舞伎彩歌

ちょっと幕間 初舞台と初お目見え

門出二人桃太郎

歌舞伎は原則として、男子が行う芸能です。必ずしも血統のみで受け継がれるわけではありませんが、一門の家に男子が生まれれば「やがては歌舞伎役者になって家を継いでもらいたい」という期待に包まれて育つのは確か。子どもたちもまた、本格的にお稽古を始める前からお父さんたちの舞台を見ては、見得をしたり名セリフを口マネしたりするでしょうから、周りはますます将来を楽しみにします。


特にお祖父さんは、早く孫と同じ舞台に立ちたくてたまりません。一方父親は、「もう少しちゃんとした芸事が身についてからお客様の前に立たせたい」思いが先に来るとか。そんなお祖父さん、お父さんの気持ちがよく表れるのが「初お目見え」と「初舞台」でしょう。


「初お目見え」は、役者としてというよりは、役者の子や孫として舞台に上がる形で、名前は本名。きちんとしたお役がつくこともありますが、年齢によってはお祖父さんに抱かれて通るだけであったりすることも。観客も、そうした微笑ましいツーショットや親子孫のスリーショットを見られる幸せを満喫、たとえアクシデントで泣いても転んでも、大喜びです。


それに対し、「初舞台」は少し様子が変わります。まず多くの場合、初舞台を機に、役者名を正式に名乗ります。例えば今回放送の「門出(かどんで)二人桃太郎」('17年)では、中村勘九郎の長男・波野七緒八(なおや)が三代目中村勘太郎を、次男・波野哲之(のりゆき)が二代目中村長三郎を名乗り、初舞台を勤めました。5歳と3歳という可愛らしさの中にも「役者だぞ」の意気込みが感じられ、頼もしい限りです。


この「門出二人桃太郎」は、30年前('87年)、二人の父の勘九郎が二代目中村勘太郎として、叔父の七之助とともに初舞台を踏んだ演目であり、さらに祖父・十八世中村勘三郎も、'59年に「昔噺桃太郎」が初舞台で、それを機に五代目中村勘九郎を名乗りました。


初舞台に襲名披露の口上がつくときは、「いまだ海のものとも山のものともわかりませんが、いずれはひとかどの役者になりますよう」と、ご贔屓筋に応援をお願いする決まり文句が入ります。歌舞伎を愛する観客は、この幼き子どもたちがすくすくと育ち、家の芸を学び、いつか「ひとかどの役者」となった姿を見られる日を夢見て、彼らの姿を目に焼き付けるのです。