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元禄忠臣蔵〜大石最後の一日 死を前に思う「初一念」の重み

『元禄忠臣蔵〜大石最後の一日』


2018年7月6日、死刑囚7人に対する刑が執行されたことが報道されました。死刑確定から約12年。明日執行されてもおかしくない日々を12年もの間過ごすというのは、一体どんな気持ちなのでしょうか。刑務官の足音が近づくたびに覚悟した日、逆に「ひょっとして宣告だけで執行はないのか?」という思いが頭をかすめる日もあったかもしれません。


「元禄忠臣蔵」はいわゆる赤穂浪士の話で、「大石最後の一日」はその最終話となります。藩主・浅野内匠頭を切腹、赤穂藩を断絶に追いやった吉良上野介を殺害するために、吉良邸に討ち入った40名余の実行犯。彼らは、上野介の首級を内匠頭の墓前に供えてから投降しました。その後幕府の沙汰を待つ間、「お預かりの身」として複数の武家屋敷に収容され1ヶ月。浪士たちの評判は「よくぞ敵討ちを果たした忠義者」「武士の鑑(かがみ)」とうなぎのぼりとなり、収容先の武家屋敷によっては、客人として丁重に接せられることも。「お上もきっと温情なるご沙汰を下されるのでは?」といった噂が公然と流れ、討ち入り後はすぐに自害して果てる覚悟があった浪士たちが、今はまるで長い休暇のごとく、将来の話などしながらゆるゆると過ごしていました。


しかし、大石内蔵助だけは違った。「我々は、法を犯した罪人なのだ、決して褒められるようなことをしたわけではない」と部下たちの甘え心を諌めます。止むに止まれぬ仕儀とはいえ、手段を選ばず動いたテロ集団は、平穏な社会を脅かす無法者にすぎない、そのことを忘れるな、と。


ここで出てくるのが「初一念を忘れたか」という言葉です。「初心忘るるべからず」という言葉もありますが、内蔵助の「初一念」には、凄まじい重みを感じずにはいられません。藩取り潰しにより路頭に迷う藩士や家族の幸せを優先するか、義を貫くか。幕府に反抗してまで事を構えるのか? 自分の選択に翻弄される人々の行く末は? 内蔵助が考えを巡らした何日もの長い夜、最後に選んだギリギリの決断。その全てが含まれてこその言葉と言えましょう。


今回放送される「元禄忠臣蔵〜大石最後の一日」は、平成29年11月歌舞伎座公演のもの。年明けに二代目松本白鷗を襲名する九代目松本幸四郎にとっては、幸四郎として取り組む最後の作品でした。自らにとっての「初一念」とは何か。幸四郎(現・白鸚)の気持ちが役に寄り添い、心引き締まる厳かな舞台となっています。