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歌舞伎彩歌

ちょっと幕間「演じ手で見比べる古典の妙味」

一條大蔵譚 演者による役の解釈の違いを見比べることは、歌舞伎を観るときの楽しみの一つ。筋はもちろんのこと、衣装もセリフも化粧も同じなのに、演じ手が異なることで、登場人物の印象がまったく変わり、作品のテーマさえ違って感じられる瞬間があります。


たとえば「一條大蔵(ものがたり)」の主人公・一條大蔵卿長成は、身を守るために「つくり阿呆」、つまりわざと無能無害なふりをしているという役どころ。この「無能」ぶりを、発達障害のように表す俳優もいれば、底抜けに明るい幼児性に終始するもの、逆にそこまで「阿呆」を強調せずに、「能・狂言などが好き」という前提を生かして、趣味以外には興味がわかない夢想家を思わせる場合など、演じ方は本当に千差万別です。


後半、いよいよ「本性(ほんしょう)」を明かす場面でも、「文武ともに秀でた才がありながら、それを生かせずに20年も阿呆のふりをしていてどんなに苦しかったか!」と悲壮感漂うものがある一方、「うまく騙しおおせた俺、すごいだろう! 本当は大策略家だ。実はこんなに頭がいいんだぞ」と、長い間胸の奥にしまっていた思いをようやく吐露する機会が巡ってきたうれしさ、爽快感の方が強くにじみ出るものもあり、演じ手が大蔵卿の生きざまをどうとらえるかによって、同じセリフがまったく違って聞こえてきます。


「鼻の下の長(なり)と、笑わば笑え言わば言え、(いのち)長成、気も長成」 大蔵卿はそういって、また「つくり阿呆」に戻っていきます。役者によっては「笑わば笑え」といいながら、笑われる自分の運命を呪うようにも、「絶対生き延びて、平家が滅びるのをこの目で見てやるぞ!」という執念にも、「これからまた趣味の世界で生きていけばいいのさ」というポジティブ・シンキングにも。 「歌舞伎は同じ演目ばかりやってて観る方もやる方もよく飽きないね」とおっしゃる方がいらっしゃいますが、同じ演目を繰り返し演じるからこそ、深く掘り下げられるというもの。俳優によっては、「演じるたびに新しい発見がある」と、後に解釈が変わることがあるくらいです。一つの演目をさまざまに見比べられることが、歌舞伎ファンにはたまらない幸せなのです。