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深煎り時間(タイム)

こだわり派のあなたに観てほしい逸品を、その道のベテランがご提案する連載コラム。
深煎りした珈琲のように、名作の深い味わいをご堪能ください。
今月の書き手:鈴木和雅
ブルース・リー、軌跡の原点 時代に早過ぎた『グリーン・ホーネット』
Vol.2(5月25日更新)
グリーン・ホーネット
7月より日本語字幕版を日本初放送!

1973年、『燃えよドラゴン』で全世界に空前のカンフー映画ブームを呼んだブルース・リー。その原点となった作品が『グリーン・ホーネット』である。

1966年、米ABCで放送開始された『グリーン・ホーネット』は、若き新聞社社長ブリット・リードの知られざるもうひとつの顔、グリーン・ホーネットが主人公の犯罪ドラマ・シリーズだ。既に大ヒットしていた『バットマン』の放送時間変更に伴う後番組で、コミカルな作風の『バットマン』に対し、シリアス路線を狙った『グリーン・ホーネット』だったが、当時は視聴者の共感を得られず、残念ながら1シーズン全26話をもって打ち切りとなった。だが、後年、作品は再評価され、映画『ピンクパンサー』シリーズや、クエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』などにも影響を与え、2011年には大作映画としてリメイクされるに至った。『グリーン・ホーネット』再評価の要因とは何か? それは、グリーン・ホーネットの相棒カトー役として、スターになる以前のブルース・リーが出演していた作品だからだ。

1959年、18歳で単身、香港から渡米したブルースは、アルバイトをしながら高校卒業資格を取得し、ワシントン大学の哲学科に進学する。勉学の傍ら、1962年にシアトルで最初の道場を開く。1964年、後に伝説として語られるロングビーチで開催された第1回国際空手選手権大会での演武が、アメリカ武闘界での名声を高め、多くの高名な武闘家との出会いを生んだ。一方、自らの流儀を進化させるため、西洋の格闘系スポーツの優れた点を取り入れる事で、既成概念に囚われない新しい総合格闘術を生む。それは武術を超えブルースの思想・哲学となった。截拳道(ジー・クン・ドー)の誕生である。

翌年、ロングビーチでの演武をフィルムで観たTVプロデューサーから『グリーン・ホーネット』への準主役での出演を打診される。截拳道を広める好機とブルースは出演を快諾。TV画面に収まらないブルースのアクションは視聴率にこそ結びつかなかったが、ハリウッドから注目を浴び、スティーブ・マックィーン、ジェームズ・コバーンら有名俳優が門下生となった。映像作品への可能性を感じたブルースは、他のTVドラマへゲスト出演する一方、自ら『燃えよ!カンフー』の企画を持ち込むが、東洋人であるがために実現には至らなかった(後に、デビッド・キャラダイン主演で映像化された)。だが、ブルースの転機は故郷、香港からもたらされる。1970年、新興映画会社ゴールデン・ハーベストから主演映画の話が舞い込む。それが香港映画歴代記録を更新する『ドラゴン危機一発』なのだ。


今月の書き手

鈴木和雅(すずき・かずまさ)
映画ライター
SF、アクションなどジャンル系映画への寄稿を中心に活動中。スティーブン・セガール、ジャン=クロード・ヴァンダム、ドルフ・ラングレンなど武闘派系アクションスターへのインタビュー経験多数。