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Special Interview 松下洸平 僕の演劇人生の経験と知識をすべてぶつけた一生の思い出に残る舞台になりました

松下洸平

年上演された『母と暮せば』は、井上ひさしさんが構想していた「広島」「長崎」「沖縄」を題材にした《戦後“命”の三部作》の最後の一本。2015年に山田洋次監督が遺志を継ぐ形で映画化し、松下さんは栗山民也さん演出の舞台版に出演されました。公演から半年が経ちましたが、松下さんにとってこの作品はどのような存在になっていますか?


「これからの人生の中で一番思い出に残る作品になったように思います。僕が舞台を始めてからちょうど10年が経つんですけれども、2011年に栗山さんとお会いしてから、毎年のように舞台でご一緒させていただき、そこで学んだことや10年間分の経験、知識のすべてをこの作品にぶつけました。また同時に、井上ひさし先生や山田洋次監督、それに脚本家の畑澤さん……もっといえば、長崎で暮らすすべての人や、70年前に原爆で亡くなられた方々の思いを僕と富田(靖子)さんと背負っていかなければいけなかったので、強い責任感と重圧を感じながらの舞台でした。でも、それほどまで命をかけて取り組ませていただいた作品だっただけに、舞台を通して多くの人の心に届き、また今回、放送という形でお送りできることは本当に感謝しかないです」


松下さんが演じた浩二は、原爆で亡くなって3年後に霊となって母親・伸子の前に現れるという役でした。


「浩二役は特徴をつかむまですごく苦労しました。僕たち役者は国境や時代を超えていろんな役を演じますが、この世に存在しない人物をどう演じればいいのかなんて、誰に聞いても正解が出てきませんでしたから(笑)。ただ、栗山さんがよくおっしゃっていたのが、『この家で母親が助産婦を辞めていく過程を、3年間ずっと見続けていた浩二の目が見たい』という言葉だったんですね。僕自身、今は母と離れて暮らしているので、実際に毎日一緒に食事をしたり、会話をすることはないんですが、息子が母を見守る想いはきっと同じ。ですから、そこを表現できればいいのかなと思いました。また、浩二が3年経って母の前に現れるのは、単純に会いたいという理由ではなく、母を“生かす”ためなんです。そのため、あまりお化け的な存在ではなく、まるで昨日まで一緒に暮らしていたかのような空気感を作れるように、明るく演じました」


母親役の富田靖子さんとは稽古中、どのようなお話をされたのでしょう?


「富田さんは舞台が7年ぶりだったそうで、最初の頃は『怖い、怖い』とおっしゃっていましたね(笑)。舞台の経験数だけでいえば僕のほうが上ですので、何かしらサポートできる部分があればお伝えしていました。特にこの作品は2人芝居なので、お互いが信頼しあい、支え合わなければ絶対に成立しない。そうした思いも僕たちの中に強くありました。稽古中によくお話ししたのは景色のこと。舞台セットで表現されていない部分について、『この部屋からはどんな長崎の景色が見えるんでしょうね』とか、『窓から陽が射すとどれくらい明るいのかな』といろんなお話をして、2人に同じ景色が見えているように意識したんです。そうすることで、僕らが作り出す世界の中でお客さんも一緒に生活しているような感覚になってくれたら嬉しいなという思いがありました」


また、今回8月18日の放送では、「戦後“命”の三部作」のひとつ『木の上の軍隊』も放送されます。この舞台にも松下さんは出演されていますね。


「『木の上の軍隊』もほぼ2人芝居でした。ですから、それを『母と暮せば』の前に経験できていたことはすごく大きかったです。また、『木の上の軍隊』は沖縄が舞台の戦争作品。僕もそうですが、戦後から70年が経ち、戦争を知らない世代が増えてきています。その一方で、今回の舞台で方言指導をしてくださった先生は、お孫さん世代にもかかわらず、いまも定期的に放射線の数値を測る検査をされているそうで。そうした話を聞くと、まだまだ戦争は続いているんだなと実感します。だからこそ、こうした作品をいつまでも多くの方に届けていかなくちゃいけないんだなと改めて思わされますね」



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