メットがこの世を去って早20年。彼のことを思い出す人は誰もおらず、墓参りに来る親類さえいない。成仏できずに幽霊となった彼は、年に一度の清明節に誰かが訪れるのを待ちながら孤独な日々を過ごしている。
ある年の清明節、タンという少年がメットの墓の前を通りかかる。タンは手入れされていないメットの墓を哀れに思い、ハート型のキャンディをお供えする。どうやらタンにはメットの姿が見えているようだ。
数年後、メットは大学生になったタンと再会。メットが成仏できないのは死んだ理由を知らないからだと考えたタンは、メットを自宅に住まわせ調査に乗り出す。次第に心を通わせていく2人。しかし、真相に近づけば近づくほど、2人の別れの時は迫っていた…。
不思議な縁で結ばれたメットとタンの同居は、メットの成仏=“別れ”を目標にスタートする。触れ合えないながらも、徐々に絆を深め、愛を育んでいく2人。その先に待ち受ける運命は…。手がけるのは「Dark Blue Kiss〜僕のキスは君だけに〜」のAof・ノファナック監督。幽霊と人間のファンタジーロマンスを基盤に、テンポのよいコミカルさ、家族や友人をめぐるヒューマンドラマ、死の謎に迫るスリリングなミステリーと、複数の要素を盛り込みながら感動のストーリーを描き出す。切なくて、苦しくて、愛おしくて、あたたかい――喜怒哀楽すべての感情が揺さぶられる、タイBLドラマ史に名を刻む名作だ。
成仏できずに自分の墓にとどまり続ける幽霊メットを演じるのはタイBLドラマの金字塔「SOTUS/ソータス」シリーズでアジアを席巻し、不動の人気を誇るシントー。本作では「SOTUS/ソータス」での情熱的な年下男子から一変。まなざし、しぐさ、声色、全身にまとう空気感まで、穏やかで極上にあいくるしい“Phii(タイ語で年上を指す呼称)”に扮し、俳優としての幅広さを見せつけた。一方、幽霊が見える不思議な能力を持つ大学生タンを演じるのは「Make It Right」「The Shipper」のオーム。18歳(出演当時)のあどけなさ残る彼ならではの魅力で、メットとの生活を通して成長していく青年のきらめきをエネルギッシュに、みずみずしく演じている。
2人が出会った「清明節」は中華圏の祝日のひとつで、先祖を敬い弔うために墓を訪ねる日。毎年4月5日前後の、旧暦の春分から15日目にあたるに日に定められている。タイでは火葬後に散骨し墓を持たないのが一般的であるため祝日に制定されていないが、中国にルーツを持つ中国系タイ人の多くは劇中のタンの家族のように清明節の墓参りを大切にしている。なお、本作に登場する墓地のシーンはチョンブリーの墓地にて撮影された。
20年ものあいだ墓に取り残され、生前の記憶も名前も思い出せないメット。自分の中に“違和感”を感じ、言葉にできない疎外感を心に抱えるタン。2人の出会いは孤独だったお互いの毎日にあたたかな光をもたらし、やがて特別な感情へと変わっていく。しかし、彼らは幽霊と人間。手を繋ぐことも、抱きしめることも、一緒に写真を撮ることも叶わない…。触れたいのに触れられないもどかしさや、いつかはそばを離れなければならない悲しさを背負いつつ、相手を笑顔にするためにあの手この手で趣向を凝らす2人。ときにぶつかり、すれ違い、不器用ながらも懸命に、深く想い合う姿に胸が熱くなる。繊細な心の動きを巧みに描き出すオームとシントーの表現力と、クライマックスに向けてたたみかける迫真の演技は見事!
1997年に22歳で他界したメット。彼はカセットプレイヤーを携え、いつも音楽を聴いている。そんな彼のプレイリストとリンクするように毎回エンディングを彩るのが、タタ・ヤン、ボー・スニター、エーン・ティッティマーら、メットが生きた時代を象徴する90年代のタイポップスたち。なかでも、タイの国民的スーパースター、モス・パティパーンの「ไม่รัก…ก็บ้า (If Anyone Doesn't Love You, They're Crazy)」は、メットとタンをつなぐ楽曲として劇中に登場する大切なナンバーだ。そのほか、哀愁あふれる旋律が心にしみる主題歌「ให้รักปรากฏตัว(Let Love Apear)」も印象的。特にシントーが歌うカバーバージョンは必聴。
美しい映像と細やかな描写に定評のあるAof・ノファナック監督。作品を通して、今この瞬間に私たちの身の回りで起きている問題についても丁寧にリアリティをもって描き出す。特に本作で反響を呼んだのは、タンが自身のセクシュアリティについて母親にカミングアウトをするシーン。勇気を出して打ち明けてくれた息子に対して、母親はどんな言葉をかけるのか。代表作「Dark Blue Kiss〜僕のキスは君だけに〜」に引き続き、本作でも相手を尊重し、理解することで開かれる希望に満ちた世界を提示してくれる。
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