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衛星劇場 Presents イベントレポート 映画・韓流・舞台など、衛星劇場のイベントを中心に当日のステージや会場の様子を写真と共にご紹介!

2019年8月3日

『こまつ座「母と暮せば」上映&トークイベント』

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井上麻矢

毎月第3日曜日に舞台作品を一挙放送する「どっぷりステージDAY」。今月は8月18日(日)に、「井上ひさし没後10年目 こまつ座特集」と題して、テレビ初放送となる舞台『母と暮せば』のほか全6作品を一挙放送します。『母と暮せば』の初回放送日となった8月3日(土)の夕方、『母と暮せば』の上映&トークイベントを東京・築地の松竹試写室で開催しました。トークゲストには、こまつ座の代表を務める井上麻矢さんをお招きして、作品に対する熱い想いや、父・井上ひさしさんにまつわるエピソードなどをたっぷりと語っていただきました!

連日暑い日が続き、この日も30度を超える暑さのなか、約70席の座席はほぼ満席状態。17:30に舞台『母と暮せば』の上映がスタートし、上映後はたくさんの観客の方々が涙されていました。19時からいよいよトークイベントがスタート。まずは、井上麻矢さんが「こんなに暑いなか、お越しいただきありがとうございます。短い時間ですが、よろしくお願いいたします」とご挨拶。

舞台『母と暮せば』は『父と暮せば』の対になる作品を残すという井上ひさしの構想を受け継ぎ、山田洋次監督が製作した映画『母と暮せば』を舞台化した作品。この舞台版を作ることになったきっかけについては、「広島はお芝居で3作書いているけど、沖縄と長崎は忘れ形見のように残ってしまったんです。戦後70年のときに松竹さんから映画にしたいとお話を受けて、山田洋次監督が手掛けると。そこで舞台もやりたいと話すと、山田監督が“じゃあ、映画は僕が、舞台はこまつ座さんが作ればいいんじゃない?”とおっしゃっていただいて。そこから先に映画が製作されてからの舞台版、となったんです」と話していただきました。

映画版と舞台版では違う結末となっているのも注目するポイントの一つ。「映画の吉永小百合さんと二宮和也さん、お二人ともとっても“うなじ”が白くて綺麗なんです(笑)。映画のクランクインのときに、お二人の真後ろでお祓いを受けていたのですが、“あぁ、なんて色が似ているんだろう”と。映画でしかできないことと舞台でしかできないことを考えたときに、このお二人の親子が昇天していくという、あの結末も素晴らしい結末と思ったのですが、お芝居ではもう少し見せ方が違うというか…、お芝居を観ていただいた方々が何か生きる勇気をもらって劇場を後にした方がいいんじゃないか、という話になっていったんです。だから結末を変えようと。つまり、映画にできることと、お芝居にできることをお互いに見てみませんか、ということになって、あのような結末になりました」

続いて、舞台版を作る上での苦労した点については、「『母と暮せば』が新作であったところ」と語っていただきました。
「井上ひさし亡き後に、こまつ座で新作が生まれるのか、と心配されていた部分があったんです。やはり『父と暮せば』という井上ひさしの代表作がありましたので、それとどうしても比べられてしまうだろうなとは思いました。でも生きている者ができることは、もし井上ひさしが生きていたら、どんなものを作るんだろうと、皆で想像することはできるんじゃないかと。これは一人で想像してもしょうがないので、いろんな人に想像の力を貸していただいて皆で作ろうということになりました。だから、私自身はそんなに苦労はしていないんです(笑)。携わっていただいたスタッフさんや俳優陣の皆さんが、本当に子どもを育てるように作品を育てていただいたなと、すごく感謝しています」。

衛星劇場では8月18日に「こまつ座 戦後“命”の三部作」にあたる『父と暮せば』『木の上の軍隊』も放送。それぞれの魅力をこう語っていただきました。
「『父と暮せば』はこまつ座で600回近く上演され続けていて、しかも6ヶ国語で翻訳されています。それは、それぞれの国の方々が自主的に翻訳したいとおっしゃってくれたんです。原爆が落とされたというのは、日本だけでなく世界的、地球的に歴史に残ること。普通に生きている方々に焦点を当てて書いた戯曲、生き残った私たちは何をしないといけないのかを考えさせられる、井上ひさしの代表作だと思います。 『木の上の軍隊』は井上ひさしが書きたかった沖縄ですが、沖縄は一言で言ってもいろんな形の沖縄があります。そして未だにその全貌を私たちのような本土の人間が全く理解しないまま戦後ずっと生きてきてしまった。そこにクサビを入れたくて書こうとしていたと思うんです。それを若い世代の作家さんに書いてもらうことによって、いずれ訪れる戦争を知らない世代しかいなくなる世界に、何か一つそういった作品を残しておきたい、という思いが詰まっているところが見どころではないかと思います」

父親である井上ひさしさんとの思い出について訊かれると、「家にいるときはずっと書斎にいて、父親というのは寝間着を着ないものだと思っていました(笑)。ご飯も一緒には食べないですし、寝るときも自分の机の下で寝袋で寝ていて…。ものを書くというのはどこか取り憑かれたようなところがあって、子供心に怖い感じがしましたね。でも野球を見ているときは普通の父親に戻るので、野球を通してしかあまり思い出がないんです」とのこと。
「一番印象に残っているのは、小学校くらいのときの話ですが、沖縄に航空会社が就航するとなってキャンペーンをやっていて、“みんなで沖縄に行こう!”みたいなノリだったんです。それを見て沖縄に行きたいと言ったら、“沖縄の歴史も勉強しないで沖縄に行くような人間になるな!”とすごく怒られたことがありました。また、日本人として生まれたなら、広島を訪れなさい、長崎を訪れなさい、ということを小さい頃から言われていた気がしますね。私たちの日常というのは、声なき声、声を聞くことができない人たちの礎の基に成りたっているんだよ、ということをきちんと把握する、もしくは想像する人間になりなさいということを言ってくれたんだなと、今となっては思います。若い頃は全然わかりませんでしたが(笑)」

こまつ座の代表になって12年目となる井上麻矢さん。最後に、これからのこまつ座のことについても語っていただきました。
「ようやくスタートラインに立てたという気がします。井上ひさしという作家は、良くも悪くもあんなふうに書いていた作家は、今いなくなってきてしまっていると思うんです。100年も200年も残り続けるものを作ることが大事だと思うのですが、ちょうどいまその“型”を作っているところだと思います。型を作ってしまえば、シェイクスピアもチェーホフもそうですが、次の世代の方がその型を崩して、それぞれの井上ひさし作品を作ってくださるのではないかという期待を込めて、いま型作りに専念しています」

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    撮影:宮田浩史