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Cinema de 温故知新

4月から毎月放送される西部劇映画。いま西部劇を語る意味とは…?

 衛星劇場の名物番組で、映画史的にも大変貴重、個人的にも愛してやまない『大林宣彦のいつか見た映画館〜サイレント映画の愉しみ〜』がこの3月で終了し(4月にリピート放送はあり)、4月からは装いも新たに『大林宣彦のいつか見た映画館〜クラシック映画の世界〜』として生まれ変わることになった。

 これまではサイレント映画のみ毎月2作品を放送していたが、これからはサイレント映画1本と西部劇1本といった基本構成になるとのこと。

 現在放送が予定されている西部劇は、4月バット・ベティカー監督&ロバート・ライアン主演の名コンビによる『征服されざる西部』(52)、5月のアンソニー・マン監督『流血の谷』(50)は『折れた矢』(50)よりも先にネイティヴ・アメリカンにスポットを当てた作品、6月のキング・ヴィダー監督『ビリー・ザ・キッド』(30)は伝説の若きアウトローが死んで半世紀も経たないうちに作られた(つまり実際の彼を知る者たちが生存していた!)大作、7月ヘンリー・ハサウェイ監督『丘の一本松』(36)は映画史上初めて野外撮影を含む全編を3色テクニカラーで撮影したことでも知られる作品だ。

 西部劇が映画の原点であることはこれまでにも幾度か訴えてきたことではあるが、同時に西部劇はアメリカの開拓精神(フロンティア・スピリット)を謳うプロパガンダ的な役割も担ってきた。日本も特に敗戦後は多数の西部劇が輸入されることで、人々は誇り高き栄光に満ちた戦勝国アメリカに憧れ、それに倣おうと腐心して続けていった節がある。

 しかしヴェトナム戦争など数々の国際紛争や9・11テロなどを経て、今は多くの人々がアメリカの光と影、虚と実をはっきり認識するようになって久しく、それとともに強き良きアメリカの象徴でもあった西部劇は廃れていった(最近またポツポツ作られるようになったそれらの多くは、西部劇と呼ぶよりも歴史劇、時代劇と呼んだほうがふさわしい感がある)。

『流血の谷』

 ガンに侵されながらも昨年、再び戦争の足音が聞こえてくるような昨今の危惧感を、戦前の青春群像劇として代弁させた傑作『花筐』を完成させ、改めて映画作家としての気概を示した大林監督だが、一方では幼い頃から強者=アメリカの象徴でもある西部劇を見て育ち、映画に魅せられたひとりでもある。

 しかし彼は、強者の暴力が時に正義と呼ばれることに対する反発と、自身が西部劇ファンであることを矛盾とせず、その西部劇のみが持ち得る大らかな抒情や勧善懲悪がもたらす心地よい明快さなどをもって、古き良き映画の虚構性の中に強き正義を閉じ込めつつ、映画創生からおよそ100年の時間に想いを馳せるといった、ひそかな愉しみ方に興じているかのようだ。

 大林監督の映画の話、特に西部劇の話はとても楽しい。しかし、この楽しさを今の映画から醸し出すのは難しいかもしれない。そう思えてならないのは、やはり映画がフィルムで作られていた20世紀という時代のノスタルジックな賜物ゆえか。

 私自身も大林監督と西部劇の話をさせていただいたことがあるが、そのたびにこれからは西部劇をプロパガンダではなく“映画”として楽しく伝える術を身に着けていかなければならないと自戒させられっぱなしなのである。