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Cinema de 温故知新

人間の感情を論理的に追求しようとした巨匠脚本家・橋本忍

 橋本忍といえば、黒澤明監督作品をはじめ戦後昭和の日本映画名作群を一手に担い続けたシナリオライターの大巨匠だが、2018年4月にめでたく百寿(100歳)を迎える。これを記念して衛星劇場では《祝・百寿 脚本家・橋本忍作品集》と題した特集を4月から2カ月にわたって放映することになった。

 ちなみに4月は『張込み』(58)と『ゼロの焦点』(61)を放映予定。どちらも説明不要の松本清張・原作による野村芳太郎監督のミステリ映画の傑作だが、そこには緻密に組み立てられた橋本脚本の妙あっての成果とも受け止められるだろう。

 橋本脚本は論理的な組み立てがなされることが常で、それゆえに『羅生門』(50)のような“真実は藪の中”といった人間の赤裸々な虚偽の発言を重ね合わせながら何某かの真実を見出していく。橋本が松本清張はもとよりミステリ小説の脚色に長けているのも当然の帰結だ。また『大平洋の鷲』(53)『真昼の暗黒』(56)などの戦争を題材にした作品でも、常に反戦の論理を明確に示唆している(ちなみに彼は日本でいち早くタイプライターを導入した脚本家としても知られている)。

 回想形式で時空軸を錯綜させる手法も彼の右に出る者はいないだろう。小林正樹監督の『切腹』(62)などその代表格ともいえるが、そういった論理性と時間軸の交錯を巧みに発揮させたのが、橋本プロ第1回作品で松本&野村&橋本のトリオで取り組んだ『砂の器』(74)であることに異を唱える者は少ないだろう。

 ただし、ここでは前半の刑事たちの地道な捜査を丹念に描き、後半は一気に過去と現在を交錯させた父と子のドラマが壮大なるオーケストラ曲と共に奏でられていくが、それによって醸し出される人間の“宿命”という要素が、徐々に彼の資質を変えていくきっかけになったように思えてならない。

『砂の器』の前後に宗教映画『人間革命』二部作(73&76)を挟んだ後、橋本忍は橋本プロ第2弾『八甲田山』(77)で人が大自然を前に朽ち果てていく悲劇を描き、同年の横溝正史原作・野村監

『張込み』

督の超大作『八つ墓村』では、何と祟りという概念の実在を論理的に説き伏せながら人間の“怨念”を描いていた(ちなみに原作は、祟りを利用した論理的な殺人事件の話である)。

 続いて橋本は自ら監督も務めて橋本プロ第3弾『幻の湖』(82)に着手するが、ジョギング好きなソープ嬢が愛犬を殺されての復讐劇にCIAや琵琶湖の女の恨みが絡み、ついにはNASAを巻き込み宇宙空間まで羽ばたいていく奇想天外さで、見る者を呆然とさせた。

 現在『幻の湖』はカルト映画として知られているが、その後も呪い釘を扱った『愛の陽炎』(86)や、題名だけでも仰天の『旅路 村でいちばんの首吊りの木』(87)と、どこか彼岸の彼方に目線を向けながら、それを論理的に追及しようと腐心し続けていったのはなぜなのか。

 そういえば『砂の器』は当時大ヒットしたが、当時の松竹社長・城戸四郎は橋本を呼び出し、彼を叱咤したという。なぜなら、自分の跡継ぎの社長に据えようとしていた野村芳太郎が『砂の器』の大ヒットで監督としての地位を確立してしまい、もはや事業の方面に引き入れることが不可能になったからである(事実、野村のプロデューサーとしての才覚は並々ならぬものがあり、後進の育成援助にも長けていた)。

 何とも理不尽な理由ではあるが、こういった理屈では割り切れない人間の感情を常に論理的に打破しようと務めてきたのが、橋本忍脚本作品の本領なのかもしれない。