衛星劇場 あなたのテレビライフを豊かにする。邦画・洋画・韓流・歌舞伎などバラエティに富んだ上質エンターテインメントチャンネル

邦画・洋画・韓流・歌舞伎などバラエティに富んだ上質エンターテインメントチャンネル

機能リンク
  • 加入申し込み
  • 会員登録
  • 番組表

Cinema de 温故知新

日本映画の全盛期を支えた松竹プログラムピクチュアの名手たち

 松竹出身の映画監督というと小津安二郎、木下惠介、渋谷実、小林正樹、野村芳太郎、大島渚、篠田正浩、吉田喜重、山田洋次、森ア東などなど錚々たる名前が挙げられるが、こうした名匠・巨匠以外にも当然ながら松竹には多数の監督たちがいた。その中には現在あまり語られることのない者も多いのはやむなしとしても、小品ながらも味わい深い作品を世に出した者たちも確実にいる。

 衛星劇場はもとより、CSやBS放送の良さとは、そういった陽の当たらない作品および監督たちにスポットを当ててくれることではないだろうか。およそDVDやブルーレイなどのソフト化も見込めないような地味な作品でも、そこには必ずその映画のファンというものがたとえ少数派といえでも存在するはずであり、そういったニーズに応えるべく、衛星劇場では5月から《松竹プログラムピクチュアの名手たち》と題して、毎月ひとりずつ松竹映画監督の作品群を放送していく。

 現在決定しているのは……

《5月》川頭義郎監督
 1926年生まれ。俳優・川津祐介の実兄で、45年に松竹大船撮影所に入所。46年より助監督として主に木下惠介監督作品につき、55年『お勝手の花嫁』で監督デビュー。『子供の眼』『涙』で56年度ブルーリボン賞新人賞を受賞。木下惠介の後継者として将来を嘱望されたが、60年代末より木下惠介の木下プロでTVドラマの演出に携わり、72年に46歳の若さで死去した。
(放送作品)
『愛と知恵の輪』(56/TV初放送)
『いつか来るさよなら』(69)
『有楽町0番地』(58)

《6月》穂積利昌監督
 1911年生まれ。35年、松竹蒲田撮影所に入所し、助監督として佐々木康、島津保次郎、大庭秀雄、豊田四郎監督作品につく。44年に『君こそ次の荒鷲だ』で監督デビューする。

いつか来るさよなら

青春映画やメロドラマを得意としたが、また『青銅の魔人』4部作(54〜55)などシリーズものの登板も多い。『この世の花』(55〜57)10部作はポスト『君の名は』として人気を集めた。
(放送作品)
『未完成結婚曲』(52/TV初放送)
『おもかげの歌』(53)
『炎の氷河』(57)

《7月》堀内真直(まなお)監督
 1910年生まれ。37年に松竹大船撮影所に入所。助監督として清水宏、佐々木康監督につき、40年に『権左と助十』(堀内真那夫名義)で監督デビューするも、その後応召。戦後映画界に戻り、52年『父帰る』で監督復帰。愛欲ドラマの大ヒット作『禁男の砂』(57)や、『おったまげ村物語』(61)など伴淳三郎主演の喜劇も多く手掛けた。60年代後半よりTVへ移行。
(放送作品)
『ちんじゃらじゃら物語』(62/TV初放送)
※他作品は現在選定中

 本企画は以降も続く予定だが、いわゆる名匠巨匠ばかりではない松竹映画プログラムピクチュアの旗手たちのキャリアに触れることは、単にマニア心をくすぐらせるだけでなく、黄金時代ともいわれた日本映画の全盛期を再検証するよき機会にもなるのではないだろうか。