衛星劇場 あなたのテレビライフを豊かにする。邦画・洋画・韓流・歌舞伎などバラエティに富んだ上質エンターテインメントチャンネル

邦画・洋画・韓流・歌舞伎などバラエティに富んだ上質エンターテインメントチャンネル

機能リンク

歌舞伎彩歌

世の中に絶望した女を救った男の不器用すぎる純情

『刺青奇偶』


下総(千葉)・行徳の船着場に、一人の男が佇んでいました。もとは深川・佐賀町の大店の息子・半太郎は、身を持ち崩して賭博に明け暮れ、今は江戸所払い。この川をずっと上れば江戸がある。帰りたいけど帰れない「見えない江戸」を手繰り寄せるように、つながる空の向こうをじっと眺めているのです。
そこへ、大きな水音。女が川に飛び込んだ音です。反射的に半太郎が救ったお仲は、この船着場で「積み替え」られ、江戸からずっと田舎に売られる途中での下船。荷物のように売り買いされる毎日に、喜びどころか怒りも哀しみも、感情をすべて失っての身投げでした。
(助けられても迷惑なだけ。どうせまた、自分を食い物にするだけなんだろう)
そういう男に、何度だまされたことか。しかし半太郎は違いました。
「見損なうな!」
「男修業の眼をあいて、娑婆の男の見直しをしてみやがれ」
お仲は初めて、半太郎の顔をみつめて思うのです。
(あたしの体を借りる気が微塵もないなんて、こんな男に、あたしゃ初めて会ったんだ!)


「瞼の母」など人情ものを書かせたら天下一品、長谷川伸が書いた名作。貧乏くじばかり引いて生きてきた男と女が初めて出会った本当の恋のきらめきと、それを放すまいとすればするほど泥沼にはまり込んでいく運命とを、叙情豊かに、そしてリアルに描いています。 セリフの一つ一つが粒立って、心の奥深くに染み入ります。たとえば終盤、お仲が病に臥せり、カネに詰まっていかさま博打に手を染めた半太郎と、捉えた政五郎親分との対話。 「(カネが要るなら)そうと云ってくれれば、くれねえものでもなかったのに」 という政五郎に対し、 「女房が病っていて困るから、銭を貸してくださいと、けさ伺ったとして、貸してくれますか?」と挑むように答える半太郎。後出しの親切ほど空しいものはありません。 「相談すればよかった」「そこまでするほどのことじゃない」「言ってくれれば何とかした」 自殺や盗み、殺人などのニュースを聞くにつけ、私たちも同じようなことをつぶやいてはいないでしょうか。


「シネマ歌舞伎」に残る舞台では中村勘三郎が半太郎を、坂東玉三郎がお仲を、片岡仁左衛門が政五郎を演じています。今回は玉三郎監修のもと、半太郎は香川照之こと市川中車が、お仲は中村七之助が、政五郎は市川染五郎(=現・松本幸四郎)が、それぞれ初役で臨み、緊張感のある場面をいずれも好演しています。