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深煎り時間(タイム)

こだわり派のあなたに観てほしい逸品を、その道のベテランがご提案する連載コラム。
深煎りした珈琲のように、名作の深い味わいをご堪能ください。
今月の書き手:仲野マリ
世界中どこにいても美しいものは美しい!インド叙事詩が歌舞伎の様式にハマる理由
Vol.5(8月25日更新)
極付印度伝 マハーバーラタ戦記
『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』
脚本:青木豪/演出:宮城聰
迦楼奈(かるな)役 尾上菊之助
衛星劇場にて、10月テレビ初放送!

最近の歌舞伎界は毎年のように新作が上演され、新たなファン層も開拓して活気づいている。古典芸能において新作を生み出すエネルギーを重要視する人は多い。たしかに「どんな古典も初めは新作」だが、その中で長く親しまれ再演され、やがて「古典」となるのは一握り。100年後も残る作品となるには、どんな要素が必要なのだろうか。

昨年10月に歌舞伎座で上演された新作「極付印度伝 マハーバーラタ戦記」の中に、その秘密が隠されているように思う。古代インドの聖典であり、インド人なら知らない者はいない一大叙事詩……とはいっても日本人には遠い存在である「マハーバーラタ」が、見事に歌舞伎の様式にはまっているのだ。

SPAC(静岡県舞台芸術センター)が「マハーバーラタ〜ナラの物語」を手掛けたのが‘14年。それを尾上菊之助が観て「神様と人間の織りなす話、音楽、アジア全体を思わせる演出を観たとき、歌舞伎にできるのではないか」と思い、芸術監督の宮城聰氏に歌舞伎化への協力を要請したのが始まりだ。内容的にも生き別れた親子の再会、生みの親・育ての親の情愛、ヒーローが試練に遭いながら成長する貴種流離譚、御家騒動、魅力ある悪役の存在、力による支配と慈愛の対立、と歌舞伎との親和性は十分だ。

それもそのはず、「神話」や「叙事詩」はこれまでも多く歌舞伎に取り入れられてきた。7月国立劇場で上演された近松門左衛門の「日本振袖始(にほんふりそではじめ)」はヤマタノオロチやイワナガヒメ・コノハナサクヤヒメなど古事記にある話を元にしているし、「義経千本桜」や「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)〜熊谷陣屋」なども、多くの場面で「平家物語」の世界観を表す。つまり古典はどんな形であっても、いつの時代も変わらない、人の心と世の中の本質を描き切っていると言えるだろう。

今回の舞台で、とりわけ目を見張るのが序幕だ。黄金像のごとき神々が鎮座する中、物語の始まりを告げる義太夫の詞章が素晴らしい。

〽ゆく河の流れは絶えずして ゆく刻は尚還ることなし 無常争う人の世は 刹那に弾く泡沫(うたかた)におなじ 那由他(なゆた) 不可思議恒なる河 とうとうたらりたらりらと 昇るみなもと天つ庭 旭に光る蓮華露(れんげつゆ)……

聖なるガンジス河を念頭におきつつ、鴨長明「方丈記」を写して日本人に馴染みある無常観に置き換え、祝祭能楽「翁」の謡にある「とうとうたらり…」の詞章も入って格調高い。「古典に則った形で再演が可能になるよう、大序から始まって討入りで終わる『仮名手本忠臣蔵』のような通し狂言を目指す」と語った菊之助だが、まさに有言実行。宮城氏の「ある地域で最高に美しいと思うものは、世界のどこでも美しい。必ず共通の理解を得られる」という確信のもと創造された舞台は、芸術に国境がないことを改めて示している。


今月の書き手

仲野マリ(なかの・まり)
演劇・映画ライター/講師。
歌舞伎・文楽、現代劇、ミュージカル、バレエと幅広く舞台を観劇、歌舞伎俳優や宝塚トップ、舞踊家、演出家、落語家などのインタビューや劇評を書く。シネマ歌舞伎上映前解説など講座多数。2017年著書「恋と歌舞伎と女の事情」刊行。