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Close Up & Spotlight

人生は、箱と倉庫とリフレイン

「鱈々(だらだら)」

暗い倉庫内。同じような箱が積み上げられた中で、二人の若者がゆっくりと箱を移動させている。箱の中身はわからない。ただ伝票通りに出し入れするだけだ。毎日毎日、同じことの繰り返し。誰も褒めてくれない。ステップアップもない。こんなこと、何の役にも立っていないんじゃないか? もっと有意義な、もっと自分に合った仕事があるんじゃないか?
倉庫の中で箱を動かすだけという作業に明け暮れるジャーン(藤原竜也)とキーム(山本裕典)の心情は、まさに現代人と「仕事」のつきあい方を、鋭く象徴しているように思う。
仕事に魅力を感じないキームは、どうにかして倉庫から脱出し、外の世界へ飛躍することを夢見る。
一方で、「僕らが間違えれば、外の世界でとんでもないことが起きてしまうんだぞ」というジャーンは、言われたことを寸分間違わず仕事をこなすことが誇りだ。「自分がいなくては仕事はまわらない」「休んだらみんなに迷惑がかかる」と、一日も休まず取り組む人の代表が、ジャーンかもしれない。


そんな二人に外の世界を垣間見せるミスダーリン(中村ゆり)と、その父(木場勝己)は、安全地帯から飛び出そうとする者の頼もしいガイド役にも、過保護に育った子どもを巧みにたらしこむようにも思える。特にジャーンを花札に誘うシーンでは、木場に「こんな子どもなど一ひねり」の貫禄がある。山本もキームの幼さ・未熟さを好演。無防備すぎて、騙されずに生きていかれるのか心配になるほどである。危うさという意味では、ミスダーリンの不安定さも、舞台に緊張感を与える。
しかしなんといっても藤原竜也だろう。抑えた演技の中に、真面目に生きる青年の純粋さ、キームへの深い愛情、面倒見のよさが凝縮されている。孤独を抱え、一日一日を噛みしめるように生きる様子は、痛々しいほどだ。単調な仕事でも苦にならないのは、キームという相棒と空間を共有しているから。キームをみつめるその瞳だけで、放したくないという気持ちが伝わってくる。 ラストシーンのその先の、2人の未来が気になってしかたがない。栗山民也の、底辺を生きる人々の心を汲み取る演出が光る。考えさせられる舞台である。