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今、中国歴史ドラマが熱い!ミーユエ歴史考察「ミーユエ 王朝を照らす月」

 「ミーユエ 王朝を照らす月」 歴史ドラマを見る上で、時代背景を理解すればすんなり物語に入れるのではないでしょうか。ここでは物語の時代背景を中心にご紹介いたします。


ミーユエは漢字で「芈月」と書きます。最終的な呼び名は「宣太后」、秦の始皇帝の高祖母(おばあさんの、更におばあさん)となる人物です。ミ―ユエの子が秦の昭襄王(しょうじょうおう)で、孝文王、荘襄王(そうじょうおう)と続き、始皇帝となります。
    舞台は、春秋戦国時代の戦国時代(紀元前403年〜紀元前221年)、あの人気の漫画「キングダム」よりもさらに一昔前の時代のお話ということになります。


物語は、紀元前338年 後のミーユエの夫となる秦の恵文王が即位後、宰相である商鞅(しょうおう)を処刑する所からはじまります。後に秦の始皇帝が中国を統一できたのも、この商鞅の富国強兵策・中央集権化によるものが大きいといわれます。
    では、何故そんな立派な人物が処刑されたかというと、過去の恨みを買ったから。恵文王が太子[王子]の時に商鞅が作った法をわざとやぶり、間接的に罰せられるという事件から、王になった時に彼を殺したというわけです。


当時は法を守るという意識が少なかったのかもしれませんし罰則が厳しすぎました。商鞅の最期は、法を破れば厳しく罰するという政治を、あまりにも急速に進め過ぎた事による悲劇です。 あの有名な三国志の「泣いて馬謖を斬る」という故事も諸葛亮(孔明)が法を厳しく守った事により愛弟子をも処罰したお話です。
    しかしそこには罰せられた馬謖の家族を孔明が後も世話をしたという温情があります。やはり法にも情がないといけませんね。


この事件、ドラマの中で後々影響してくるかもしれませんね。
    この時代をミーユエはどう生きていくのか。ちょうど、今NHKで放映されている『おんな城主 直虎』と同じく著名な武将の母として、政治家としての女性の一代記。見比べてみるのも面白そうです。